ドラ校長の広場

ドラえもんが大好きな校長のブログです。

被爆ピアノ平和コンサート

 広島のピアノ調律師・矢川光則さんは、古いピアノを再生して、国内やアジア・アフリカの学校に送る活動をしています。そのため、不要になったピアノが時々矢川さんのもとへ持ち込まれます。2005年7月、矢川さんは広島市内に住む美佐子さん(加盟79歳)から「いっしょに原爆を乗り越えたピアノを捨てられない」と、1台のアップライトピアノを譲り受けました・・・・・。このピアノを再生し、その音色を全国の小中学生・高校生にまで届けることにしたそうです。

f:id:nanyoko-koutyou:20141017170523j:plain

 もう一台のピアノの話です。元音楽教師の岩田さんは、被爆体験を語っていましたが難病のためにお話ができなくなったので、国内外で演奏会を開いていた矢川さんの活動を知り、岩田さんの被爆ピアノを託しました。このピアノは爆心地から2kmほどのところで被爆し、ピアノも側面がガラスで傷ついていました。お母さんも息絶えていました。このピアノを今日は広島市からわざわざ南横山小学校まで運んできてくださいました。いっしょに広島で活動している声楽家のソプラノ 大島さんと ピアノ演奏家の 森須さんも乗せてきてくださいました。約7時間ほどかけて来てくださいました。

f:id:nanyoko-koutyou:20141017170448j:plain

 初めに調律師の矢川さんのお話を聞かせていただいてから、この被爆ピアノをつかってのコンサートです。すばらしい歌声に子どもたちは引き込まれていきました。ピアノの音色は、私たちに平和の大切さを訴えてくれているようです。

f:id:nanyoko-koutyou:20141017170543j:plain

f:id:nanyoko-koutyou:20141017170600j:plain

 その後、ふれあいタイムで子どもたちは全員実際に被爆ピアノにさわってみました。傷跡や少し黄ばんだ象牙の鍵盤にびっくりしていました。このピアノは体育館に先生方が総出で運び込んだのですが、アップライトのピアノなのにグランドピアノほどの重さがあって、びっくりしました。YAMAHAのピアノですが、約100年前の製造だそうです。当時の世の中でピアノはとても貴重なもので、どこの家にでもあるものではなかったそうです。矢川さんのお話では今の価値に直すと家が1軒買えるほど高価だったようです。(今なら5,000万円ほど)

f:id:nanyoko-koutyou:20141017170621j:plain

f:id:nanyoko-koutyou:20141017170645j:plain

 6年生がその後、「ヒロシマのある国で」を歌ってくれました。さすが最上級生です。お二人に負けない歌声でした。そして最後は全員で「ビリーブ」を合唱しました。歌の中に、人と人のつながりの大切さや平和を守っていこうというメッセージがちりばめられていて、子どもたちも感じることが多かったと思います。保育園児や保護者の方といっしょに平和を守り続けることを誓ったコンサートでした。

f:id:nanyoko-koutyou:20141017170728j:plain

 コンサート後、6年生はキャリア教育の授業として、3人の方になぜこの職業に就いたのかなどいろいろとお話を聞かせていただく機会を持ちました。お話が弾んで午前中いっぱいまでの授業となりました。

f:id:nanyoko-koutyou:20141017170742j:plain

f:id:nanyoko-koutyou:20141017170754j:plain

 最後に記念写真を撮って、運動場の10年前に植えたアオギリとも記念撮影をしてお別れをしました。「すばらしい子どもたち、学校ですね。」のお言葉がうれしかったです。