読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ドラ校長の広場

ドラえもんが大好きな校長のブログです。

給食に感謝 「心の栄養」

f:id:nanyoko-koutyou:20170327052625j:plain

 皆さんは給食は好きでしたか?

 私は給食が大好きでした。私は岸和田市で生まれ育ったのですが、給食は小学校に入学した時点では、まだありませんでした。確か2年生ぐらいから始まったと記憶しています。それまではお弁当を持って行き、冬は石炭ストーブの周りに置いて温めていました。当時は牛乳は「脱脂粉乳」で、大きなポットのような入れ物に入れられていました。お世辞にもおいしいという物ではなく、飲まなければいけないから飲んでいたと思います。友だちは残す子が多くて、私はその分を飲んであげていたようです。

 当時は、ご飯はなくてパンばかりでした。でも、おかずがいろいろと代わるので楽しみにしていました。よく覚えているのは、鯨と水菜の炊いた物や鯨の竜田揚げ、鯨に関する物が多かったですね。また、バナナ(一本の三分の一程度)が出た時は学校中が大騒ぎになりました。だって、病気の時しか食べられないものでしたから。

 

 今日は午前中に、調理員さんや栄養士さんなどの調理研究会にお話をさせてもらうために行きました。というのも、私がこの仕事をして「給食」に力をいただけたから、37年間の教師生活ができたと思っているからです。今日は「ありがとう」と感謝を述べに行ったのです。

f:id:nanyoko-koutyou:20170327132342j:plain

 私の教員としての当時の指導力は、どう見ても立派だったとは言えませんでした。というのも、小学校で教える教科に専門的に研究した物はなかったからです。初めての担任は3年生でした。始業式では45人の子どもたちを担任したのですが、4月中に転入生があって、急遽クラス替えを実施し、5月からまた新しい子どもたちとなってしましました。そのクラスに重度の自閉症の男子児童Sくんがいました。自閉症についても全く勉強したことがなく、言葉がないため、理解に苦しむことがとても多かったのです。でも、同じクラスの子どもたちが、「先生、Sちゃんがこんな時は、こうして欲しいからやねんで。」と逆に教えてくれたのです。そのときに給食にまつわる話があります。いつも3時間目の終わりぐらいになるとSくんが教室に帰ってきません。その時に「sちゃんは、給食室の前にいるよ。」と子どもたちが言うのです。行ってみるとガラス越しに顔をつけて調理場を覗いています。動こうとしないsちゃんに手こずっていると「今日の献立を言ったらいいねん。」とまた教えてくれるのです。全く子どもたちの言うとおりで、感心することばかりでした。

 このように、教師の私は担任した子どもたちに教えられるようにして、教師生活をスタートしたのです。なわとびの二重跳びも教えてもらいました。そのおかげでこれだけ続けられたのだと心から思っています。また、保護者の方からも教えていただきました。

 そして、私が会得した最大の教師生活の武器は、給食と掃除指導でした。給食を残さず楽しく食べること、掃除をきれいに早く終わらせることに関しては、その他の教師の追随を許すことはなかったと自負しています。教科指導を除いて。子どもたちはよく食べ、よく遊びました。給食を残さず食べ、掃除を一生懸命することができる学級は、何でも頑張る良い学級だったと思います。 もちろん苦手なものを無理矢理食べさせることはしませんでしたよ。でも、いつの間にか子どもたちは食べられるようになっていきました。

 教師として2校目の学校で、当時学校に来ることができないで長い日々を過ごしている子どもたち(3人)を、専門的に担当することになりました。毎朝家庭訪問をして、「おはよう」と声かけをすることにしました。一人のNくんという6年生男子は、学校、先生と聞いただけで悲しい顔をする子でした。でも、毎日声かけをするうちに、話ができるようになってきました。部屋で1時間ぐらいは話せるようになった5月下旬に「学校に戻るわ、給食やから。」と何気なく言った時、「今日の献立は何?」と聞くので、「・・・と唐揚げ。」と答えた時、「僕、唐揚げ大好きやったんや」と言うので、何気なくお母さんに「給食費ってどうしてるんですか?」とたずねると、「いつこの子が学校に行っても大丈夫なように給食費は払っています」ということでした。なんとⅠ年以上学校に行けていないのですが、その間払い続けていたというのです。

 学校に戻った私は、校長にそのことを話すと共に、唐揚げを持って行きたいと申し出ました。現在では許されないことですが、当時の校長先生と、栄養士さん、調理員さんがすべて準備してくださって、わら半紙に包んだできたての大きな唐揚げを届けに行きました。玄関の戸を開けるやいなや、私が持ってきた包みを奪うようにして取り、破るように開けると次々に口に放り込み、「俺はこの唐揚げが好きやったんや!」と泣きながら食べたのです。それを見ていた私とお母さんも涙が止まりませんでした。

 少し落ち着いた時に私から、「給食だけでも食べに来るか?」と切り出しました。そして、彼はこのことがきっかけで、給食だけを食べに来るようになりました。それも校長室で。あとの二人もこれをきっかけに給食だけ食べに登校してきました。でも食べながらほかの子どもたちの声が聞こえてくるのです。とても繊細な感覚の子たちでしたが、給食時はいろいろと話すんです。その話から友だちのことが聞けるようになり、会いたいということになり、給食時間だけでなく少し前の時間から登校するようになりました。学校復帰に向けて動き出すきっかけは、給食が作ってくれました。

 まだまだ話はあるのですが、このようにして、学校給食に助けていただいた話を参加者皆さんに聞いていただくと共に、感謝の気持ちを伝えさせていただきました。学校給食法に定められた目標は、下記の7つですが、

適切な栄養の摂取による健康の保持増進を図ること。
日常生活における食事について正しい理解を深め、健全な食生活を営むことができる判断力を培い、及び望ましい食習慣を養うこと。
学校生活を豊かにし、明るい社交性及び協同の精神を養うこと。
食生活が自然の恩恵の上に成り立つものであるということについての理解を深め、生命及び自然を尊重する精神並びに環境の保全に寄与する態度を養うこと。
食生活が食にかかわる人々の様々な活動に支えられていることについての理解を深め、勤労を重んずる態度を養うこと。
我が国や各地域の優れた伝統的な食生活についての理解を深めること。
食料の生産、流通及び消費について、正しい理解に導くこと。
それ以上に、子どもたちの心の栄養になっていることを忘れてはいけないと思います。
 みなさん、本当にありがとうございました。これからも子どもたちのために、すばらしい給食をお願いいたします。